ルナマリアと会ったのは、慣れないペントハウス暮らしを始めて3日後だった。
早朝から昼前まで物流倉庫で働いて、駅までの送迎バスの中で30分ほど眠った。駅前のカフェで彼女と待ち合わせ、俺は肉体労働で腹ぺこだったので、サンドイッチを2皿注文し、コーヒーも2杯おかわりした。
「じゃあシン、今アスランの家に居候してるってこと?」
「まぁ…うん。ていうか、下宿? レイっていう、住み込みのボディガード兼家政夫みたいなのがいてさ、何やかんやで俺の分までご飯作ってくれて」
「呆れた。アッパータウンの高級マンションに間借りしてるうえに、まかない付き、水もインターネットも使い放題ってこと? 何そのドリーム物件」
「運が良かったよなー。普通に家賃払ったら、幾らするのか見当もつかないよ」
アスランは自分から誘ったのだからダウンタウンの相場でいいと言って、食費や光熱費も受け取ってくれず、そんなことより貯金しろとうるさい。
それで、とルナマリアは切り出した。「アスランから“ソランジュ”のこと、何か聴けた?」
俺は店の外に視線をやった。「それが、あの人あんまりバンドの話はしたくないみたいでさ。__Yzakと付き合ってたことはあっさり認めたけど」
ルナマリアはたいして驚かなかった。「ああ、やっぱりそうなんだ。アスランがSashaで、ミゲル・アイマンがMickね」
俺のほうがびっくりして、ルナに視線を戻す。「は……Mickってドラムの? ミゲルが……?」
「そう考えるとパズルのピースがぴったりはまるじゃない。バンドに入ったのも抜けたのも、アスランと同じタイミング」
そう言われればそうかって気もするけど。
「……いま俺、アスランがYzakと恋人同士だった事実だけでいっぱいいっぱいで」
ルナマリアは興味深そうに俺を見た。「アスラン『と』Yzak、じゃなくて? Yzakよりもアスランのことがショックなんだ」
「まぁ……俺にとってYzak はあくまでも芸能人だけど、アスランとは今や同じ釜の飯を食う仲なので」
「妬かないの?」
訊かれたことにびっくりした。「……妬くって、まさか俺がYzakに?」
「違った? なんとなく、シンってアスランのことが好きなのかと思ってた」
「え……何で?」
ルナマリアは肩をすくめた。「だから何となくよ。勘違いならあやまる」
俺は迷った末に白状した。「……実は自分でもよくわからない」
「そうなんだ」
「…あ、いや、だからって俺、Yzakに妬くほど身の程知らずじゃないぞ。そもそも、アスランに3年も続いた恋人がいたことが衝撃なんだよ」
風呂場で『人類火星移住計画を7年と8ヶ月早められる』空想に夢中になって溺れかけるような人が、恋愛に積極的にカロリーを使うんだろうかって話だ。
「Yzakはアスランのどこが気に入ったんだろうって、つい考えちゃって」
「顔じゃないの、普通に。多少の欠点は補って余りあるわよ。Yzakって美形未満は同じ人間と思ってなさそうだし」
「んな身も蓋もない」
「私は、ふたりが付き合いだした経緯より別れた理由のほうが気になるな。__ミゲルとも話したんでしょ、シン。何も聞いてないの?」
「聞いてないけど……少なくともアスランはYzakを嫌ってるわけじゃなさそうだったよ。週末のコンサートも行くって言ってるし」
「え、コンサートって……“ソランジュ”の? Yzakに会うってこと?」
「いや、遠くからこっそり見るって」
「なんだー…」
ルナマリアは心底がっかりしたようだった。「でも、そっか……会えないのか、やっぱり。Lacusの父親の件があるものね。Yzakと別れたのも、結局あれが原因ってことなのかな」
「…Lacusの?」
「ネットとかに普通に書いてあるし、さすがにシンも知ってるでしょ?」
「……まあ、噂くらいは」
__Lacusのお父さんは、2年前に自殺したらしい。
それも"ソランジュ"がメジャーデビューする直前に。
「でも、何でそれがアスランと関係あるって思うの?」
「Lacusの父親_Dr.キャンベルはディセンベルの民間軍事会社の産業医で、海外の戦地へ派遣される傭兵のカウンセリングをしていたのよ。でも2年前に__ほら、アフリカで傭兵が民間人を次々射殺した事件があって、大きなニュースになったでしょう。その傭兵を再び戦地へ送り込む許可を出した医師が、Dr.キャンベルなの」
「……その軍事会社って」
「アルビレオ社。政府の海外派兵の委託先としては最大手よ。__ミゲル・アイマンのファミリービジネスのひとつね」
『え? アスラン、いま何て?』
その前日、21時ごろ。
研究所から帰宅したアスランが、俺の部屋の開けっぱなしのドアをノックした。
『今週末だろ、コンサート。午前中は用事があるんだが、何時までに会場に行けばいいんだ?』
『“ソランジュ”のコンサートだよ? 行くの? ……ホントに!?』
アスランがバンドの元メンバーだったことを知って、俺はコンサートに彼を連れて行くことを諦めていたのだった。
アスランはちょっと硬い表情で肯いて、『さすがに最前列は、バレるから勘弁してほしいけど』と苦笑した。
『うん、それは全然いいよ。でもマジで良かった! アスランが来ないなら、明日ルナを誘うしかないかと思ってたんだ』
『ああ……ルナマリアに会うのか?』
『バイトの後に駅前で。アスランも来る?』
いや、とアスランは首を振った。それからためらった後に訊いた。『シンは彼女とは付き合ってないんだよな?』
『ルナと? うん、アイツは友達だよ』
『そう、なのか…』
アスランはドアのところに立ったまま、何か迷うように俺の顔を見ていた。
『……もしかして、ルナのこと怒ってる?』
『なぜ?』
『だってアイツ、強引なとこがあるだろ……アンタのこと勝手に色々調べたみたいだし』
プライベートを他人にあれこれ、踏み込まれたくないことまで探られたら、誰だっていい気はしない。
ルナマリアは怖いもの知らずで、普通は気が引けるようなことを平気で訊いたり言ったりできるタイプだ。
俺はルナのそういうとこ、むしろ一目置いているけど。
『俺はいいんだ。慣れてるから』
アスランはさらりと言った。『むしろこっちこそ、おまえに謝らないといけない』
『俺?』
『あ……それは、つまり、今頃ミゲルがおまえの地元の交友関係から生まれた病院まで調べ上げてるだろうから』
『そうなんだ。でも俺、自分から洗いざらい喋っちゃったし、幾ら調べたって面白いネタなんか何も出てこないよ』
そうだな、とアスランは笑った。『まぁ、ミゲルには無駄骨を折らせておくさ。俺に近づこうとする人間を頭から疑ってかかるのがアイツの仕事だ。__シンは、なぜ父の会社が俺にボディガードを張りつかせていると思う?』
『え……アンタが大企業の社長の息子だから…じゃないの?』
『それは関係ない。ZA社が護って__というか、監視しているのは文字通り、俺のbodyなんだ』
『は……?』
『俺が開発した、或るシステムの生体認証に要るから。俺の声とか、静脈や虹彩。あと_』
アスランは自分の額を人差し指でトンと突いた。『ここに、国家機密の研究データが色々入ってて』
『……』
冗談__じゃ、ないんだよな。この人に限って。
『レイの最重要任務は、俺がこの国や父の会社の敵対勢力の手に堕ちたとき、敵に何ひとつ情報を渡さないことだ。すなわち、万が一の場合は俺を撃ち殺せとアイツは会社から命令されているんだよ』
アスランは淡々と語った。『だからミゲルやレイは、俺の周りで起こることについて常に最悪のシナリオを想定する。……だけど、ルナマリアは何でおまえを疑ったんだろうな』
『……え?』
『誰かを怪しいと思うのは自分の中に同じ発想があるときだろ。それに、先に相手を疑って見せることで自分は疑われにくくなるものだ。……と考えてしまう自分に嫌気がさすんだが』
アスランは苦笑を深めるばかりで、俺は、彼が何を言いたいのか、すぐにはピンと来なかった。
『すまない、こっちの話だ。……ルナマリアによろしくな、シン』
__ルナマリアは、嘘をついてるんだろうか。
俺はゆうべのアスランの言葉の意味を考えていた。バイト先の倉庫で立ち働いていたあいだもずっと。
(……そういえば、ルナは最初からアスランのことを色々知りたがってた。“ソランジュ”の過去にもやけに詳しくて)
彼女とは、ダウンタウンのライブハウスで知り合った。
__『ねぇ、それ私のグラスだと思うわ。きみのは、こっち』
俺たちはすぐに意気投合した。俺はこっちに余り知り合いがいなかったから、同じ趣味の友達ができて、好きなだけ"ソランジュ"の話ができるのが嬉しかった。
……仮に、最初からすべて仕組まれたことだったとして。
田舎から出てきたばかりの、まだ何者でもない俺に、彼女が偶然を装って近づかなきゃいけない理由は何だ?
マルチ商法や宗教の勧誘目的。闇バイトの紹介…
(そうじゃないだろ)
「アルビレオ社。ミゲル・アイマンのファミリービジネスのひとつね」
__俺が、アスラン・ザラのいる研究所に頻繁に出入りしていたから。
他に何があるって言うんだ。
「……つまりルナはこう考えてるのか? Lacusのお父さんがZAの関連会社のせいで自殺したから、アスランはバンドにいられなくなって、Yzakとも別れた」
ルナマリアはじっと俺の顔を見た。
「アスランからそう聴いたの?」
「……ルナ、あのさ」
俺は思い切って言った。「__どんな事情があるのか知らないけど、もうやめたほうがいいよ」
相手は黙りこんだ。俺がどこまで知っているのか、判断しかねている顔だった。
それを見て、ふと思った。彼女は薄々こうなるのをわかっていて、今日俺に会いに来たんじゃないかと。
「……何のこと?」
「だから、そうやって何も知らないふりとか、スパイみたいなこと」
これ以上探り合いを続ける気はなかった。演技とか駆け引きとか、そもそも得意じゃない。
「ルナ、アスランに近づくために俺を利用したよな? アスランの父親のことも、"ソランジュ"との関係も、全部最初から知ってたんだろ」
何でこんなことになってるのかわからない……けど、ルナマリアが相当ヤバいことに首を突っ込んでいるのは確かだ。
きのうアスランが俺に謝らないといけないって言ったのは、本当はルナマリアのことだったんじゃないか?
ザラの人間に関わらなければ、彼女が俺に目をつけることもなかったわけだから。
「アスラン、気づいてるよ。あの人に電話したとき、俺が怪しいとか言っただろ」
どうしてもルナマリアの顔が見られなかった。
「……ヘタ打っちゃったな」
「……!」
ルナが苦笑まじりに認めるまで、俺は心のどこかで、やっぱり全部俺の勘違いなんじゃないかと思っていた。__と言うより、そうであることを願っていた。
「焦ってたのよね最近。そろそろバレるような気がしたから、一か八かで鎌を掛けてみたんだけど、完全に相手にされてない感じ」
開き直るわけでもなく、彼女はいつもと変わらない調子で言った。
俺のほうが落ち着かず、膝の上で拳をぎゅっと握る。
「……相手にしないっていうか、アスランにとっては日常茶飯事なんだ。むしろ予備知識ゼロの俺がレアキャラで」
「それは否定しない」
「アスランはああいう人だから大目に見てくれるよ。でも、ミゲルは……俺、一度話しただけだけど、見かけよりずっと怖い人だって気がする。レイだって__彼らはプロだから『敵』とみなせば女だって容赦しないぞ。バレたらどーするつもりだったんだよ」
「……私を心配してくれるんだ」
ルナマリアは複雑そうに微笑んだ。
「優しいよね、シンって」
と言われて俺は不貞腐れる。「マジメに話してんのに」
「だからマジな話、命懸けなのよ。そのぶん時給はいいんだけどね」
「時給?」
「調査員のアルバイト。私の雇われてる法律事務所が__あ、ここからけっこう重い話になるけど、いい?」
「よくない、聴きたくない」
絶対ろくでもない話だし。
きっぱり答えたのに、ルナは聞こえないふりをした。
「雇われ先が、国とアルビレオ社を相手どった集団訴訟を準備しててね。2年前、Dr.キャンベルはアルビレオの不正を証言するはずだったの。でもその直前に失踪して、セントラルのモーテルで遺体で見つかった。第一発見者は娘のLacus_本名ミーア・キャンベル」
「え…」
「拳銃自殺だったそうよ。遺書には、アフリカで起きた事件の責任はすべて自分にあると書いてあって、事件性を疑うような不審な点は、何一つ無かった。__きれいすぎるくらいに何もね」
「……要するに、本当は会社に不利な証言をする前に消されたんじゃないかって話?」
やっぱりろくでもなかったので、俺はカフェの天井を仰いだ。
「アスランに近づいた目的はアルビレオ社なのかよ」
「正確にはZAと、アルビレオに委託している国の諜報機関(インテリジェンス)ね」
「……怖いもの知らずにも程があるぞ、ルナ」
「私はただのバイトだってば。まぁ、弁護士冥利に尽きるんじゃない? 社会の巨悪に立ち向かう正義の味方って。かなり大きな訴訟で、話題性も充分だし。やりがいはあるんだけど、工学部の学生ってだけでアスラン・ザラの担当にされちゃって」
ルナマリアはため息をついた。「てっきりシンも何か目的があるんだと思って探りを入れてたのよ。私と同じようなバイトか、ザラ家に個人的な恨みがあるのか、“ソランジュ”のヤバめの追っかけか…。でもどうやら本当にアスランが誰なのか知らないみたいだし、だったらせめてバンドを抜けた理由だけでも聞き出してくれないかなって、ちょこっと情報をあげたわけ。結果、まったく使えなかったけど」
まるで俺に非があるみたいな言いぐさに少々ムッとした。「……悪かったな、無駄骨になって」
「ごめん。今のは口が滑った」
ルナは殊勝にあやまり、前髪をかき上げた。「えっと……何の話だっけ」
「Lacusの父親が口封じで殺されたかもしれないって」
「うん、それね。当時、うちの事務所でも血眼になって殺人の証拠を探したけど、何も出てこなかった。それどころか、死んだ証人のPCから原告側に都合の悪いものが見つかって、追及を断念せざるを得なかったらしいわ」
「都合の悪いものって?」
「さあ、私が雇われる前の話だし、詳しいことまではわからない」
俺たちはしばらく沈黙した。
「……そんな疑惑があったら、そりゃあアスランはバンドに居づらくなるだろうな」
「そうねぇ。LacusとYzakは実家が隣同士で兄妹同然に育ったらしいし、Dr.キャンベルの死がYzakとアスランの関係に亀裂を入れたことは充分考えられるわ。私の雇い主の関心は、勿論_」
ルナマリアは俺の表情を観察する目で言った。「アスランが真相をどこまで知っているのか。知ってるとしたら、交渉の余地はあるのかってこと」
「……交渉って、アスランに内部告発させようっての? ……そんな……だって、それは、あの人にお父さんを裏切らせるってことだぞ」
「うん。事務所も簡単だとは思ってないから、私みたいな学生でも何でも使って彼の身辺を探ってるのよ。何せこの2年間、アスランは大学の研究室にこもりきりで表に出て来ないし、常にZAの監視がついているから」
「……そういうことか」
とりあえず事情はわかったが、考えることを本能が拒否している。
思考停止しかけた俺に、ルナマリアはダメ押しした。
「産業医の変死、社員の強制労働、インテリジェンスを背後にした民間人の拉致監禁に拷問。数々の疑惑にもかかわらず、国は今年も莫大な予算を注ぎ込んでアルビレオとの契約を更新したわ。議会に圧力をかけたのは言わずと知れたパトリック・ザラよ。__シンは、アスランが何も知らないなんてこと、あり得ると思う?」
マグカップに4分の1ほど残っているコーヒーは、すっかり冷めてしまっていた。
「ねぇ、シン。もしまだ私のことを友達だと思ってくれてるなら、これだけは忠告させて」
そう言ったルナマリアの俺を見る目は、昨夜のアスランのそれに似ていた。
憎まれても仕方がないという諦めと、少しばかりの寂しさ。
「私だってアスランは悪い人じゃないって信じたい。でも彼はザラで、陳腐な言い方になるけど、私たちとは生きている世界が違うのよ。アスランのことをちょっと世間離れしたエリート大学生くらいに考えてるなら、いつかあなたは彼と出会ったことを後悔するかもしれないわ」
***
再び、音もなく上昇するエレベーターにひとり。
__『シンは、アスランが何も知らないなんてこと、あり得ると思う?』
もちろん、あり得ない。
アスランなら知ろうとするだろう。お父さんや会社の不正の疑惑が持ち上がれば、自分で真偽を確かめるはずだ。
__『俺はいいんだ。慣れてるから』
__『あの逃避行は楽しかったな。生まれて初めて、自由で』
ひとつだけ俺にわかるのは、2年前、アスランが『これ』を選んだということだ。
まだ見ぬ世界に連れ出してくれた恋人と別れ、バンドもやめて、このセキュリティの厳重な、高い塔のてっぺんで暮らすことを。
……それは、彼のお父さんやミゲルの望むほうの生き方を選んだってことなんだろうか。
『私たち、今はもう会わないほうがいいわよね』
ルナマリアは別れ際に言った。『アスランの前にも現れたりしないから安心して。……でもできれば、私の連絡先は消さないで欲しい。あなたに必要になるかもしれないから』
ルナマリアは、俺がこの先いつかアスランに失望する日が来ると確信して、あんなことを言ったのだろうか。
急に目の前が明るくなって、気がつくとエレベーターの扉が開いていた。
見晴らしのいいガラス張りのロビーを通り、カードをかざして玄関を開けると、現れるのは優雅で品のいい、端正な空間。
この作りもののような現実に、未だに目が慣れない。だけどここに異物があるとしたら、それは俺自身なんだろう。ここには何ひとつ、紛いものなど置かれていないのだから。
どうにも気分が沈んだまま階段を上がろうとして、2階で話し声がするのに気がついた。時刻は14時前。
(アスラン、大学じゃなかったのか)
誰かと話しているから、レイが上にいるらしい。
彼の部屋のドアは開いていたので、声をかけようと覗き込んだ。
「アスラン_」
入ってすぐ横の壁際にアスランが立っていた。一緒にいるのはレイではなかった。
細身の、茶髪の男。顔は、アスランの体に隠れてよく見えない。
(え……っ)
一瞬、アスランがその男を壁に追いつめてキスしていたように見えて、俺は凍りつく。
「シン?」
どういう状況なのか、アスランはそいつの胸ぐらを掴んだ体勢のまま俺を見た。
「おかえり。悪いが見てのとおり、ちょっと取り込み中だ。向こうへ行っててくれないか」
「…あ、はい…」
何だか知らんがMAXに機嫌が悪いらしい。
おとなしく出ていこうとした俺だったが、アスランの向こう側からカエルが潰れたような声がして、思わず足が止まる。
「く、くるじぃよ、アスランー…」
「…オーバーだな」
アスランは呆れた顔で腕を緩めた。
拘束を解かれた人物は、壁にもたれかかってぜぇぜぇと息をする。その青ざめた顔を目の当たりにして、俺は文字通り、顎を落とした。
(嘘だろぉ!!)
「…はぁ、死にかけた…。もう、きみって相変わらず力強すぎ……ってか、パワーアップしてない?」
「おまえの体力がなさすぎるんだ。……何やってるんだよもう…。いつからこんな馬鹿なこと……イザークは__知ってたらとっくに殺されてるか」
「ねぇ、それよりさ、彼がミゲルの言ってた例の新しいルームメイトなの? 紹介してよ」
紫紺の瞳に見つめ返されて、俺はあやうく叫ぶところだった。正確には、息が止まっていて叫ぶことも出来なかった。
どうしよう、間違いなく本物だ。本物の_
「Kira…」
やっとのことで、喘ぐように俺は言った。「…さん、ですよね? “ソランジュ”の…」
「あ、うん…」
どこか憂いを帯びた表情で、その人は柔らかく微笑んで見せる。「そうみたい」