12 -Athrun-

ロック音楽好きの集まりがあるというので、何となくキラについて行った埠頭の旧倉庫街。
その夜は、夏の初めにしては暑かったように思う。
半分眠ったような頭で、イザークが歌うのを眺めていた。
どうして彼はあんなに生き急いでいるんだろうと、ぼんやり思った。

(……ああ、そうか。__”俺が”空っぽなんだ)

それからは、何をしても気分が乗らず。
急に帰ると言い出した俺にキラは面食らい、もうちょっとだけと引き止めた。
「一緒に帰るから待ってて」
と、せがんだ彼がこの建物のどこかへ消えてから、すでに1時間が経過している。
ひとりで帰ってしまっても、後で文句を言われるだけだが、その前に少し夜風に当たりたかった。
煙草の煙や、男女の熱気や、ドラッグの匂いが混じり合った空気に、少し酔ったらしい。

建物から抜け出すと、外の世界は死んだように静かだった。
先ほどから二階の連中が大音量でハードロックを流しているせいで、耳が変になっていたようだ。
彼らの喧騒が外にいても聞こえる。
きっと今夜は、朝まであの調子だろう。

コンクリートの埠頭の向こうは真っ暗な海。
明かりの漏れる煉瓦造りの建物のほうを向いて、波打ち際の車止めにもたれて座った。
顔見知りに貰った缶のプルトップに指をかけたとき、ここで出されたものは何も口にするなというキラの言葉を思い出す。
暗い場所に慣れてきた目で缶の表示を読んでみたが、よくあるエナジードリンクの類いだ。
缶はよく冷えて、俺は喉が渇いていた。

(……冥界のものを食べて地上に帰れなくなったのはエウリュディケ……いや、ペルセポネーだったかな)

考えているうちにどうでもよくなってきて、缶を開けた。

旧倉庫街の外壁は、スプレーで描いた文字やイラストにびっしりと埋め尽くされている。
その造形はもはやカリグラフィーの域に近い。

(こういうのって、皆どこでどうやって覚えてくるんだろう)

感心しながら壁一面のグラフィックアートを眺めていたら、上から視界を遮るようにペットボトルを差し出された。

目をあげると、すぐそばにイザークが立っていた。

「”カラミティ”の連中が勧めたもんなんか飲むな。絶対何か入ってるから」

(……うわ、ビックリした…)

人がいる気配なんてまったく感じなかったのに。

何度か同じ空間に居合わせたことはあるが、彼が直接話しかけてきたのは初めてだった。
俺は、座ったまま呆けて彼を見上げ、それから、今まさに口にしかけていた缶に視線を移す。

「……でも、未開封だったし…」
「注射針の穴が空いてないか調べたのか?」

それ以上の反論は無意味だと判断して、大人しく彼の手からペットボトルを受け取った。

「……ありがとう」

そのまま立ち去るのかと思いきや、イザークは何故か、隣に座り込んだ。

「キラに誘われたからってこんなとこへホイホイ来るな。火遊びなら保護者の目の届く場所でやれ」

暗に世間知らずをバカにされてムッとした。
有名進学高校の制服で平気でこんな場所に出入りしている彼のほうが、よっぽど場違いだと思うんだが。

「……この町でアイツが掌握してない遊び場なんて貴重だろ? その割には、今夜最初に絡んできた奴に『ミゲル・アイマンを探してる』って言ったら、急に彼も周りも親切になったけどね」

俺だって保険も無く無茶をしたりはしない。ミゲルがここの常連だってことくらいわかっている。
アイツが普段、俺の知らないところで何をしてるかなんて想像するのも嫌だが、ふと、イザークは知っているんじゃないかという気がした。

手早くペットボトルを開けてミネラルウォーターを煽ると、イザークはちらりと俺を見た。

「実はそっちに俺が何か入れた可能性だってあるだろ。憎まれ口より先に、人を疑うことを覚えたほうがいい」

まことしやかに彼が言うから、俺は可笑しくなる。

「だって、きみはそんなことしないだろ」
「何でそう言い切れるんだ?」
「何でって……」

理由は誰の目にも明らかだと思うのだけど、イザークが熱心に聴きたがるので、俺は仕方なく言った。

「素行の悪い連中とつるんでいるように見えても、きみはドラッグには手を出さないし、犯罪行為にも一切関わらない。生きる理由も将来の目標もあるから、自分の身を粗末にすることは絶対にしないタイプだ。……唯一の例外は、それ」

煙草の箱から一本出して咥えようとしていたイザークは、いったん手を止め、「なるほどね」と呟いた。

「いつから吸ってるんだ?」
「さあ……中学1年のときには吸ってたな。確かに、あの頃は人生に目的なんか無かったし。今さらやめられなくて、実は困っている」

そんな冗談を言いつつも、煙草に火をつける仕草はすっかり様になっている。

細長い爪のかたちがきれいだった。
手のひらは俺よりも少し大きい。
親指の付け根から人差し指の先までの線がすらっと伸びやかで、ピアノの鍵盤も11度くらい余裕で届かせていた。俺はギリギリ10度がやっとだから、関節の柔軟性でカバーしている。

「きみがピアノも弾けるなんて知らなかった」

気づいたときには口から滑り出ていた。

イザークは薄く笑った。

「無理やり習わされて、昔は大っ嫌いだったがな。サロンのご婦人がたの前で急に一曲披露することになっても親に恥をかかせない程度には、ってやつだ。おまえだって楽器とスポーツと外国語は何かしら、やらされただろ」

彼がディセンベル屈指の富裕層エリアに住んでいることはキラに聞いて知っていたので、俺は有り体に喋った。

「乗馬、水泳、テニス、コマンドサンボ、射撃、チェス。スペイン語とフランス語と広東語。楽器はピアノのほかにチェロをやってた」

少しばかり予想を超えていたのか、イザークは目をみはった。

「……遊ぶ時間も無いんじゃないか、それは」
「キラには悲惨すぎて泣けてくるって言われた。小さい頃から勉強も運動も嫌いじゃなかったから、殆んど遊んでる感覚だったけど。時間はたくさんあったし」
「ああ……高校までは学校に行ってなかったんだってな」

今度は俺が苦笑する番だった。
ときどき、 誇大妄想に取り憑かれることがある。世界じゅうの人間が自分の噂をしているんじゃないか、なんて。

俺の苦笑いをどう受け取ったのか、イザークはしばらく沈黙した。
夜風に乗って聴こえる曲はLinkin Park。
母が好きだったバラードだ。

"あの空に何百万と輝く星がまたひとつ消えたからって、誰も気に懸けやしないさ__"

曲が終わる頃になって、イザークは横顔のまま口を開いた。

「うちのヴォーカリストが、おまえを見て『ローマの休日』だと言ってたぞ」
「え……」

"ソランジュ"の天才少女まで俺のことを知っているのかと、少し驚く。
彼女はプロ級の歌手だが、普段はイザークと同じ進学校に通う高校1年生で、こういう集まりなどには滅多に顔を出さない。
イザークが幼馴染の彼女のために"ソランジュ"を作ったのは有名な話だ。ふたりが並んでいるとお似合いの美男美女カップルにしか見えないが、同じバンド仲間のキラが全否定するので、ロマンチックな関係ではないのだろう。

(そういえばこの男、今夜もまた違う女の子と一緒にいたな……)

こんなところで俺なんかに付き合っていて大丈夫だろうかと心配になったが、イザークは悠長に話を続ける。

「まぁ、アイツには典型的な『白馬の王子様』願望があるからな……おまえを見たまんまの感想で、深い意味は無いんだろうが、俺は言い得て妙だと思った」
「……そこまで上品な家柄じゃないよ」

むしろ正反対なのではと怪しみながら言ったが、イザークは畳み掛けてきた。

「子どもの頃から護衛という名の監視付きで、ミゲルの他に同年代の友達と遊んだこともなければ、親に口応えしたこともなかっただろ? 王族のように窮屈な生活にうんざりしていたおまえの目には、ここの連中がさぞかし自由気ままで、青春を謳歌しているように見えるよな」
「……」
「だが、大半の人間からすれば、金をかけて大事に育てられて、いずれ戻らなきゃいけない場所があるおまえのほうがよっぽど羨ましいに決まっている。別におまえが悪いわけじゃないが、歴然とした格差があるのは事実で、中にはひがむヤツも出てくる」

俺の心を見透かしたような彼の言葉に、棘はなかった。
けれど、彼もまた『戻る場所』が無いのだということがわかってしまったから、胸がチクリと痛んだ。

「__目立つんだよ、おまえは、ただそこにいるだけで」

イザークはずっと目線を遠くにやったまま、少しぎこちない様子で言った。

「頭のてっぺんから爪先まで、何か特別なものでできている感じだ。__清潔で、気立てが優しくて、しかもちっとも物怖じしない。女が絶対放っておかないタイプだから、余計に気の荒い連中を刺激するんだ。息抜きも必要だろうが、ミゲルのいないところでは、単独行動は避けたほうがいい」
「……ミゲルと、きみのいないところでは、だろ」

俺は、彼が見かけよりずっと親切な人間なのかもしれないと思い始めていた。

「今夜きみが俺を助けたのは、ミゲルに恩を売っておくため?」

同じ中学だったキラの証言によれば、イザークは『その頃から番長みたいに校内のワルを統率していた』らしい。
ミゲルは家業がグレーゾーンなので、どちらかと言えば陰から不良グループを牛耳ることに長けている。
切れ者のふたりが密かに裏で手を組んで、お互いに融通を利かすような同盟関係にあってもたいして驚かないが、イザークは心外そうに俺の顔を見た。

「あんな裏社会まっしぐらの極道高校生のことなんか知るか。貴様が俺の視界の端でいつもフラフラと危なっかしいことをしているから、一度脅してやろうと思っただけだ」
「……きみは口は悪いけど、見かけによらず面倒見がいいんだな。あと、音楽の才能があって、ニコチン依存症で、口が悪い」
「『口が悪い』だけ二回出てきたが」

イザークは不満げに言ったが、気を悪くしたわけではなさそうだった。

「だいたい貴様は、俺より年下のくせに何でそんなに上からなんだ」
「……え、そうかな。キラに倣ったつもりなんだけど……ごめん、俺、まだ先輩とか後輩とかがよくわからなくて」
「それはハッキリ言って、手本にする人間を間違ってる。部活には入らないのか」
「俺、団体戦のスポーツはやったことがないし……習い事も続けてるし、今は部活よりキラたちといるほうが楽しいから」
「バンドに興味があるのか? うちのライブを何度か観に来てただろう」
イザークはごく自然な流れで尋ねた。「腕のいいキーボーダーを探してるんだ。おまえはシンセサイザーを扱えるとキラが言ってたが」

確かに、キラにも誘われたことがある。
イザークがある程度本気で訊いてきたようなので、俺は答えに慎重になった。

「ロックは好きだけど……"ソランジュ"はレベルが高すぎるから、初心者の俺にはちょっと荷が重いよ。それに、リーダーが暴君でめちゃくちゃ怖いって噂だし」
「……噂っつーか、貴様の場合はキラに好き放題吹き込まれてるだけだろ」
「本当なのか? その暴君がメンバーの書いた曲を弄りまくって最終的に全然違うサウンドに仕上がるから、皆やる気を失くして辞めていくって」
「俺が『弄りまくった』ほうが数倍よくなるとわかっていて、やらないのは性に合わない」

あ、嫌なヤツ。

キラの愚痴の多さに納得して、黙って水を飲んだ。
するとイザークは神経質そうにこっちを睨む。

「いま俺のことを『嫌なヤツだ』と思っただろ」

俺は得意のポーカーフェイスでにっこりした。

「人の噂って結構あてになるね」
「……貴様についての噂は全然あてにならないがな」
「そう?」
「ひとつ訊いていいか」
「訊くだけなら自由だけど」
「ミゲルがおまえを『サーシャ』って呼ぶのは何故だ?」
「ああ」

俺は肩の力を抜く。何を訊かれるのかと思ったら、そんなことか。

「俺のミドルネームがアレクサンダーだから。母はサーシェンカってよく呼んでて、ミゲルもたまにそっちで呼ぶけど、女の子みたいで余り好きじゃない。それでレックスとか、サーシャとか。……まあ、Athrunって、ちょっと発音しにくいからね」
「いい名前だと思うが。アスラン」

彼は自分の口の中でその響きを確かめるように何度か繰り返した。

「アスランにだって愛称はあるだろ。アスリー、アル、アッシュ、レオ」
「……ジュール先輩は、ザック、イジー、イーズ。小さい頃なら、アイスとか……チャックル、ラム、イズィ・ウィズィー?」

俺が応酬すると、彼はすぐに降参した。

「イザークでいい」

嫌なことを思い出したように顔をしかめられて、俺は声を立てて笑った。
誰にだって葬りたい過去があるということだ。

それから、彼が2本目の煙草に火をつけたので、俺は倉庫のほうに目をやって立ち上がった。

「もしキラに会ったら、俺は先に帰ったって言っといてくれる?」
「もう帰るのか?」
「そろそろミゲルに俺の居場所がバレる気がするから」
「なら、俺も帰る。途中まで同じ方角だろ」

イザークは制服のポケットに手を突っ込んだまま立ち上がる。
そうすると、彼のほうが俺より5センチほど背が高いので、至近距離で見下ろされる格好になった。

(……こうして見ると思ったより普通だな)

普通、というか、ちゃんと血の通った人間に見える。
恐ろしく精巧に整った顔に生まれつくというのも案外、損なのかもしれない。

じーっと見ていたら、イザークは警戒するように少し距離を取った。

「貴様。そのデカい目が渇き切るまで人をじろじろ観察する癖を何とかしろ。穴が開く!」
「え……。あ、失礼……何か、パイプオルガンとか飛行機みたいだなーと」
「……はぁ?」

きれいだと感じる顔や手って、何世紀も経て計算しつくされた楽器や乗り物のフォルムの美しさに通じるものがある。
俺は自分の発見にちょっと感動していたのだけど、イザークには伝わらなかったようだ。

「何だか知らんが、荷物を取ってくるから待ってろ」
「……いや、ひとりで帰れるよ。きみのガールフレンドに悪いし…」

本音を言えば、俺はもう少し彼とふたりで話がしてみたいと思っていた。
イザークと屈託のない言葉を交わすのは、思いのほか、気分がくつろいで、居心地がよかった。
そして、彼もそう感じてくれているなら嬉しい、とも思った。

「俺の迷惑を考える気があるなら、こんな危ない場所に現われるな。万が一おまえに何かあったら、おまえを誘ったキラだってタダじゃ済まないだろうが。__遠慮なんかいいから、送らせろ」

イザークは青い目で俺をひたと見据え、Noと言わせない口調で言った。

(……そっか。そうだよな)

キラは"ソランジュ"のデビューに欠かせないギタリストで、イザークがメンバーのことを第一に考えるのは当然だ。
イザークがエスコートしてきた彼女を放置してまで俺に構うのも、キラの__というより、バンドのためってことだ。

「……わかった。じゃあやっぱり、キラを探して連れて帰る」
「おい?」

彼の行動にはいつも、真っ直ぐ一本の筋が通っている。
それは潔くて、俺には眩しくすらあるけど__同時に、とても敵を作りやすい生き方なんだろう。

「俺もひとつ訊いていいかな、イザーク」

自分の胸の外に出すつもりのなかった問いだった。
俺は急に彼のことが憎らしくなって、少しばかり困らせてみたかったのかもしれない。

「きみは、そうまでして何に復讐しようとしてるの?」



13 -Yzak-

アイツに名前を呼ばれた気がして目が覚めた。

ベッドサイドの明かりが見知らぬ天井に濃淡の影を作っている。
ホテルに到着後、ミゲルに連絡しようか迷っているうちに、少し眠ってしまったらしい。
つけっぱなしにしていたイヤホンが片方外れて腕に絡まっている。それを手繰り寄せて、記憶が無くなる直前まで手にしていたはずのスマホを、枕の下から発掘した。
表示される時計は23時を回っている。
左耳に流れ続ける曲を一度止め、イヤホンを外してスマホごと放った。

腕の下で目を閉じ、自分の大きなため息を聞く。

(……何やってるんだ、俺は)

アスランのいないところでこんなものを聴いたって、余計に会いたくなるだけだ。
このタイミングで余計な情報を寄越したキラが心底恨めしい。

『スティングがアスランと今も繋がってるって聞いて、まさかと思って調べてみたけど、ビンゴだったよ』
『”ファントムペイン”……?』
『うん、知らない? 最近ネットでは結構な話題なんだけど。イザークは動画サイトもソーシャルゲームも興味ないから知らないか。”ファントムペイン”は、1年くらい前に現れたオンライン活動限定のロックバンドだよ。メンバーの素性は一切非公開。ヴォーカリストの”レテ”はまだ中学生の女の子だとか、実は男だとか、はたまた機械の合成で実在しないとか言われてて、付いたあだ名が〈幽霊少女〉。”レテ”のアンニュイな声と、ゴシックメタル調のサウンドがサブカル好きのユース世代にウケて、SNS上には”レテ”のファンアートが溢れてる。だいたいロリ顔の美少女で、傷とか包帯だらけなんだけどね』
『それがアスランとどう関係するんだ?』
『”ファントムペイン”の前身は”カオス&アビス”なんだ。ほら、地元でスティングとアウルって子たちがやってたパンクバンドだよ。あのふたり、妙にアスランと仲が良かっただろ。正確には、僕は”カオス&アビス”の情報を辿ってたんだけど……どうも、彼らが”レテ”を歌手に立てて”ファントムペイン”を始めたってことらしい。だけど”レテ”を有象無象のアマチュアの歌い手から、人気のRPGゲームに曲を提供するレベルに引き上げた人物は別にいる。”ファントムペイン”のリーダーで、ハンドルネームはA-S-H、アッシュ』
『…!』
『もうわかったよね』
キラは複雑そうな顔で俺を見ていた。『そう思って改めて聴いてみれば、確かにアスランの好みそうなマニアックな編曲ばっかりだ。曲を書いてるのはOwlらしいけど、もう、やられた!ってゆーかさぁ、こんなに身近なところにアスランが〈いた〉なんてさー。僕なんか、あのゲームの曲がヤバいってどっかの雑誌で熱く語っちゃったよ…』

そのあともキラの話はダラダラ続いたが、俺はもはや聞くどころじゃなかった。

年末から12州で行ってきたコンサートも残すところ2都市となり、毎日24時間働き詰めでも準備が足りないと思っていたところに、多忙にかまけて棚上げしていたアスランという最大の懸念材料が突如転がり落ちてきたのだ。
アスランがセントラルの大学にいるなら、少なくともしばらくは動かないだろう。
だったら今は目前の仕事に集中して、ひとまず落ち着いてから、アイツを連れ戻す方法をゆっくり考えるべきだ。
そんなことは理性では百も承知なのだが、例によって呑気なミゲルはちっとも進捗報告を寄越さないし、キラはわざわざ動画サイトのURLを送りつけてくるしで、結果、馬車馬のように働かされながら頭の片隅で朝から晩までアスランのことを考える。
著しく集中力を欠いた状態で無理矢理仕事をするので倍疲れるわけだが、ようやく寝られる時間になると、もうアスランを頭から追い出す気力もない。
ズタボロのようになってベッドに倒れ込み、夜毎”ファントムペイン”の曲を聴いた。__アイツが、俺とは一緒にやれないと言って、”ソランジュ”を捨てて別の仲間と作った曲を、何曲も、繰り返し。
おかげで、夢にまでアイツが出てくる始末だ。

北の故郷の旧倉庫街だとか。
アスランが初めて見せた笑顔だとか。

あの埠頭の夜、俺がものの数分で恋に落ちていたことをアイツはたぶん知らないだろう。

最初にライブハウスで見かけて、目が合った瞬間から、運命的な予感があった。
俺はアスランが〈ザラ〉の嫡子である意味を充分に知っていたので、なるべく関わらないことに決めたが、最初からその決意は揺らぎっぱなしだった。

__『頭のてっぺんから爪先まで、何か特別なものでできている感じだ』

アイツが不釣り合いな人々と不釣り合いな場所にいるのが、気になってしょうがなかった。自分が退屈していることにさえ気づいていないアイツの腕を掴んで、合成写真のような世界から引っ張り出したかった。
たまにアイツの視線を感じることもあったが、アイツが俺を見る目は、研究対象を観察する科学者のそれだった。俺が”ソランジュ”という城の壁の中に丹念に塗り込めてきたものにアイツは気づいていて、幾ばくか興味を持ったらしい。

__『きみはそうまでして何に復讐しようとしてるの?』

あの夜からずっと、アスランに執着する自分が止められない。

当時は高校2年の思春期真っ只中で、アイツの言動に一喜一憂する自分がいた。それでも、のぼせ上がった頭の何処かで、この熱病もいつか醒めると思っていた。先のことを考えるより、いまアスランと共有できる時間が大事だった。
夏の初めに恋に落ち、冬休み明けに告白した。雪の降りしきる寒い日に抱いて、それ以来、ふたりで過ごせる限られた時間の殆どを、会話よりもセックスで埋めた。
肉欲を吐き出せば一時的に気が紛れたが、すでに深みに嵌っている自覚はあった。醒めるどころか、離れることなど考えられなかった。俺はふたりの将来の話を避け、アスランも何も言わなかった。ただ、ときどき俺のことでミゲルと揉めていたのは知っている。
だが、一足早く高校を出て、バンドのデビューの道筋を具体的に考え出した頃には、俺にも勝算があった。
離したくないなら、死に物狂いで離さなければいい。
一か八か、ディセンベルを出て、セントラルで一緒に暮らそうと言ったとき、アイツは本当に嬉しそうだった。
……それで俺は、都合のいい勘違いをしてしまったのだ。

後悔と憤りと、強くなる一方の執着で、頭が今にも破裂しそうになる。

(俺がステージで爆死したら全部貴様のせいだぞ……)

そうなったらアスランはどんな顔で俺の肉やら骨やらを拾うんだろうか、などとくだらないことを考えていたとき、部屋のチャイムが鳴った。
続けて、ノックの音。

「もしもしー、リーダー、まだ生きてるー?」
「……」

廊下によく響く女の声に、仕方なくドアを開けに行った。