「シホはどうしてミゲルと付き合わないの?」
ディセンベルのホテルの一室で、ミーアは私に尋ねた。
現地入りした夜、ミーアが寝付けないというので、キラの部屋で3人でカードゲームをした。
部屋の主であるキラがソファーで寝てしまったあと、女ふたりはベッドに移動して、高級そうなマットレスの上で好きなだけ脚を伸ばし、赤ワインのお伴にチョコレートを摘まんだ。
私たちの爪先の方の壁にはテレビが取り付けられ、深夜枠にふさわしいリアリティ番組を垂れ流していた。
明後日(というより、もう明日だったけれど)には大事なコンサートを控え、体には疲労が堆積していた。そのうえ、十三人の男女が無人島でサヴァイヴァル生活を送るというリアリティドラマは私たちをとても怠惰な気分にさせた。ミーアは私の肩に頭を乗せたまま、どのカップルが成就しそうだとか、あの女性の胸は人工物に違いないとか言い、私は適当な間隔で相槌を打つ。
(全てが虚構だわ。いっそ毎回投票で裏切り者を決めて、一人ずつ海へ投げ込んでしまえばいいのに)
毒にも薬にもならない深夜番組を観ながら、何処へも辿り着かない話をする。こういう生産性の無い時間も、たまには必要なのかもしれないが。
__どうしてミゲルと付き合わないのかって?
「『付き合う』の定義にもよるけど……私は別にミゲルの彼女になりたいわけじゃないのよ」
「好きな男を他の女と共有しても平気なの? 独り占めしたいと思わない? この女の子たちみたいに」
「逆にあの人たちが何にそこまで必死になっているのかがわからない。恋人だろうが夫だろうが、他人を完全に自分のものにするなんて現実には不可能だわ」
「つまり、シホはミゲルが自分のものにならないから彼女になるのを辞退したのね? それって、ちょっとすごい。100%が無理なら要らないんだ」
すごい、とミーアは溜め息混じりに言い、私は苦笑する。
「さすがにそこまで割り切れてはいない。彼とは単に、気長な『お付き合い』なのよ。お互いの生き方には干渉しない。でも人ひとりが持てる荷物の大きさは限られるから、私は彼の抱えているものを少し分けてもらっている。あやふやで相対的で有限の『愛してる』より、『ありがとう』と言われたほうがずっと嬉しかった、それだけ」
自分で思っていたより酔いが回っていたようだ。
ミーアは私にもたれかかったまま、何も言わずにテレビを見ていた。
「……ごめんなさい、少し喋りすぎているかしら」
「ううん、シホ。そうじゃないの」
ミーアが身じろぐと、羽のように軽い巻き毛が私の手首をふわりと撫でた。「羨ましいなーと思ってたの。要するに、好きな人の幸せイコール自分の幸せってことでしょう? ……まぁミゲル自身がそんな感じだもんねー。あたしが幸せならそれでいいんだって言ってた。何それ、ってあのときはムカついたけど、紛れもない彼の本心だったのよね、たぶん」
私は彼女の髪に触れるたびに、彼もこの人魚姫のように長い髪が好きだったのだろうかと考える。
生まれたままの姿になった彼女を、彼がまるで繊細な飴細工を扱うように抱き、彼女の淡いストロベリーブロンドが、彼のしなやかな腕に纏わりつくところまで想像する。
そしていつもほんの少し切なくなった。
彼がミーアを抱いていた理由がミーア自身と関わりのないところにあったとしても、彼は彼なりに彼女を愛していたはずだ。
「っていうか、あたしこそごめんね。何でミゲルの話なんてしちゃったんだろ」
「気にしないで。どのみち今夜は彼のことばかり思い出すんだから。久しぶりに故郷の海風に当たったせいね」
北部で最も栄える大きな港町。ここで私は子供時代を過ごし、初代"ソランジュ"の軌跡を目の当たりにした。
イザーク、ミーア、キラ、ミゲル、そしてアスラン。この町で生まれ育ち、宿命のもと巡り会った五人のティーンエイジャー。
彼らが荒削りの才能をぶつけ合い、幾つもの化学反応を起こすスペクタクルを、私は近くで見ていた取り巻きのひとりに過ぎない。
「相変わらず詩人だなぁシホは」
あたしの代わりに歌詞も書いて欲しい、とミーアはぶつぶつ言った。「せっかく地元に来てるんだから、会いに行けば?」
「いいのよ。彼も月の半分はセントラルだもの。それで、こないだ会ったところだし」
「えっ、そうなの? 会ったって、いつ?」
「去年の11月」
「気長にもほどがあるわー」
実際、ミゲルとの付き合いは長い。
彼とは中学校が一緒だった。同じ学年の違うクラスだったが、つるんでいた子が一時期彼と付き合っていた。彼女を介して彼と知り合い、以来、彼女に隠れてときどき彼と寝ていた。17歳のとき、彼の腕のタトゥーと同じのを背中に入れた。
彼は地元では知る人ぞ知る存在だった。他校の不良や街のゴロツキまでが彼に一目置いていた。
それは彼の家業と無関係ではなかったが、彼の生来の資質によるところも大きかったのだろう。
昔から、敵対勢力への実力公使を厭わない一方で、女には平等に優しい男だった。品のある顔立ちをし、会話は機知に富み、身につけるもののセンスがいちいち良かった。周りの女はみんな彼と寝たがり、彼の高級車の助手席を巡って争っていた。
そのうち私の背中のタトゥーがバレて、かつての仲間に妬まれ、面倒になってつるむのをやめた。義理がたい彼は厚待遇を提示してくれたけれど、私はあのオレンジのスポーツ・カーのお飾りになることには興味が無かったのだ。
そんなもので虚栄心を満たすより、彼に必要とされることこそが肝心だった。
すごいなぁ、とミーアは繰り返す。
「どうしてあたしは、シホみたいにクールに生きられないんだろう」
『クール』?
私は内心首を捻ったが、乙女の感傷に水を差すことは憚られた。
「イザークがきっと人生でいちばん幸せだったとき、あたしは不幸のドン底だった。全部めちゃくちゃにしてやりたくて、自分だけがかわいそうで、ものすごく惨めで…」
ミーアは徐々に体を丸め、細い両手で顔を覆った。
「わかってる……もういい加減、前に進まなくちゃいけないって。でも、本当は、今でも最低なことを思ってるの」
「何を?」
「……いっそイザークが"二番目"の誰かと結婚したら、せいせいするだろうなって」
「わかるわ」
私は彼女の背中にそっと手のひらを当てる。
ミーアは昔も今も、優しい子だ。対する自分の心の醜さに嫌気が差してしまうくらい、本当にいい子。
けれど少し、優しすぎて、人に嫌われるのを極端に怖がるところがあった。求められればその通りに振る舞い、期待に応え続けようとする。親や友人やファン、そして誰よりもイザークの失望を恐れて。
もっとも、イメージがものをいう業界において、彼女の”なり切れる”才能は有利でもあるのだ。
『なりたい顔No.1』だの『百年にひとりのクリスタル・ヴォイス』だのと世間に有り難がれ、ガラスケースの中の商品と大差ない毎日なんて、私ならきっと発狂してしまう。
それがどんなにつくられたイメージでも、ファンやスタッフの前で笑顔を絶やさない彼女こそ、私はすごいと思っている。
でもね、とミーアは呟く。
「イザークはアスランがいいのよ。二番目なんて要らないの。__あたしは、ミゲルを二番目にしようとしたけど、結局ずっとイザークにしがみついてて、ミゲルがあたしと寝たのはアスランのためで…」
「そう」
「ミゲルはアスランと寝ればよかったんだ」
「そう」
「……それとも、あたしがアスランと寝ればよかった?」
「それも案外アリね」
「……」
ミーアは顔からパッと両手を離した。
乱れかかった髪をかきあげて、ふん、と笑う。
「___なんちゃって。病み系か」
「疲れてるのよ、ミーア」
「あー、もう、だめだめ。夜中にこんな番組観るもんじゃないわ」
ミーアはリモコンでテレビを消した。「こんな不健全なこと考えてたら、ゼッタイ体によくない」
「どうかしら。不健全なことを考えないほうが、かえって体に悪いと思うけれど。たまには思いの丈を歌詞にぶつけてみれば?」
「ぶつけてるわよー、今の千倍は病んでるやつを。Lacusの歌じゃないって、全部却下されるけど。……いっそ環境保護の歌でも書いてやろうかな。ラッコとペンギンが絶滅した世界の歌とかー」
『ミゲルはアスランと寝ればよかった』…?
ミーアの戯れ言を聞きながら、私はまた彼のことを考え出す。
12歳のときから、ミゲルの世界はアスランを中心に回っている。
アスランの側を離れないことがミゲルに与えられた使命であり、彼はその使命に忠実だった。